洗練された感性、そして真逆の生き方

梅雨真っ盛り、湿度と鬱陶しい雨。こんな時期に気分だけでもさっぱりできそうな音楽をご紹介します。今回の作曲家はフランスのドビュッシー。繊細で軽やかなピアノ曲は耳馴染みがあるものばかりです。彼もまた芸術家ならではの人生を送っています。今の時代ならばどのように受け止められていたでしょうか。音楽と共にどうぞ。

１８６２年生まれ、１９１８年没。彼の代表作でとても有名な曲をまずお聴きください。

「月の光」。幻想的で、どのような月夜を歩けばこの風景が浮かび上がるのだろうか、と思います。

ドビュッシーの家は裕福ではなく、ある女性の無償教育によってピアノを学ぶことができました。その女性とは、フランスの詩人ヴェルレーヌの義母アントワネット・モテ・ド・フルールヴィル夫人です。幼年のドビュッシーはヴェルレーヌも暮らすその家に数年間出入りしていたと言います。

この頃ヴェルレーヌは年下の美しい妻と結婚したばかりでした。そして早熟の詩人ランボーをパリに呼び寄せたときでもあり、なんとヴェルレーヌは新婚でありながら１０歳下の天才少年に身も心も惚れこんでしまっていたのです！
ヴェルレーヌはランボーと信じられないような恋愛模様を繰り広げ、国を超えピストルでランボーを撃つ始末。結婚したばかりの妻や同居していたモテ夫人はさぞかし目も当てられないような気分でいたことでしょう。そんな最中にドビュッシーはピアノを習いに通っていたのです。

では、また有名な彼の作品をお聴きください。唐草模様という意味のアラベスク第１番です。

子供の教育環境としては劣悪のような中で勉強しながら、１８７２年ドビュッシーはパリ音楽院に入学します。ピアニストとして成功を目指しており、試験でも一番をとってもいますが、２年連続で賞を取れなかったことでピアノの道を諦めました。

実はこの頃、彼は意外な人物と音楽的な出会いをしています。それは、ロシアの作曲家チャイコフスキー。以前もご紹介した、チャイコフスキーの人生に大きく関わるフォン・メック夫人の旅行にドビュッシーは同行していたのです。当時、ロシアの上流階級の人々はフランス文化に傾倒していました。フランス語の家庭教師やピアノ教師を雇うこともステータスであったのでしょう。ドビュッシーは夫人の娘のためのピアノ教師として３年ほど共に過ごしています。

その時期にチャイコフスキーが夫人に送ってきた新作交響曲第４番の自筆譜も見ていたようです。お聴き下さい。

その後、詩人マラルメの会に唯一音楽家として出席するなどドビュッシーは文学への関心も大変高く、「青い鳥」で有名なメーテルリンクの戯曲をオペラ化し、またマラルメの詩による歌曲を作曲するなど、詩人たちとも交流を深めていきます。
ブールジェの詩による「美しい夕暮れ」です。

そして、マラルメの「牧神の午後」をモチーフに作曲した、彼の出世作として名高い「牧神の午後への前奏曲」をお聴き下さい。

マラルメの「牧神の午後」は、好色な牧神の夏の午睡、妖精ニンフとの官能的な夢想に耽るというもの。自分自身で作り出した作品のようにドビュッシーは好んでか好まないでか、性愛や官能から逃れられない人生を送ります。

女性関係がとにかく酷い。パートナーとなる女性がいるにも関わらずなんと別の女性と婚約。これにより、ふられた女性はピストルで自殺未遂を起こしてしまう、それも2人もの女性です。こういったあまりに非人道的な行いにより、ドビュッシーの周りからは人が離れていきました。実は、上述したフォン・メック夫人のところでのピアノ教師の職も３年で終わってしまったのは、生徒である夫人の娘にちょっかいを出したからでした。

彼は目の前の恋にとことん盲目になってしまうのでしょうか。2回目の結婚相手となったエンマ夫人（夫人というくらいですから、お互いに既婚者でした）との恋の逃避行中に書いた「喜びの島」は、大変華やかに盛り上がったところで急激に終わります。

こんな人なのに、こんな愛おしい作品も残しています。
2人のピアニストによって奏でられる「小組曲」。私が彼の作品の中で最も好きな曲です。

最後に、彼が溺愛した女性のために書いた作品をご紹介しましょう。「子どもの領分」。子どもの気分になるという意味合いの曲集は、エンマとの間に産まれた娘シュシュに捧げられました。

ドビュッシーは、ある面では非人道的で、ある面では洗練された感性に彩られています。幼少期の環境の影響も無関係だったとは思えません。彼の音楽を楽しみ、彼の人生は反面教師に。ドビュッシーの作品はまだまだ数多くありますので、これを機会に親しんで頂ければ幸いです。

写真：

• Claude Debussy by Marcel Baschet 1884

動画：

• Debussy plays Debussy | Clair de Lune (1913)
• Claude Debussy plays Debussy | Clair de Lune | Préludes | Images | Estampes | Arabesques | Rêverie
• Pyotr Ilyich Tchaikovsky – Symphony No. 4 in F minor, Op. 36　
• Renne Fleming sings Beau Soir
• Claude Debussy, Prélude à l’Après-midi d’un faune
• ドビュッシー：《喜びの島》ミシェル・ベロフ 1997
• Claude Debussy – Petite Suite for Piano 4 hands
• Claude Debussy plays Children’s Corner in 1913