World Map Myanmar に関連する記事の一覧

Relationship ― ミャンマーと日本の『時間軸』を辿る ~ミャンマーとの友好関係の構築・・・ビルマ戦後復興編その2

日緬関係波高シ 1954年11月5日、ビルマとの「平和条約」そして「経済協力協定」の調印にこぎ着け、ビルマとの戦後賠償交渉に進むこととなった日本ですが、交渉は難航に次ぐ難航でした。その平和条約交渉の妥結に向けた当時の動きをまず[…]

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Relationship ― ミャンマーと日本の『時間軸』を辿る ~ミャンマーとの友好関係の構築・・・ビルマ戦後復興編

国内情勢~戦後民族衝突の発端 1948年1月8日、ビルマが「ビルマ連邦共和国」として完全独立を宣言し、自立した国家としてその一歩を踏み出していたころ、敗戦国である日本は連合国軍総司令部(GHQ)の占領政策によって国家の主権を停止する[…]

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Relationship ― ミャンマーと日本の『時間軸』を辿る ~ミャンマーとの友好関係の構築…ビルマ再独立編

日本軍政が去った後で 写真1:武装解除、クローサー少将へ軍刀を手渡す 竹原三郎中将 今年も72回目の「あの日」が巡ってきます。 1945年8月15日、大日本帝国政府は米・英・支(中華民国)・蘇(ソ連)の発したポツ[…]

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Relationship ― 日本の『時間軸』を辿る ~東南アジア・ミャンマーと北朝鮮の関係性②

ミャンマーと北朝鮮の関係 私が研究するミャンマーは北朝鮮との国交が存在する。ミャンマーの国家経済や防衛に関して北朝鮮の役目は少なくなかった。 殊に国家防衛に関する事項においてはミャンマー国軍(当時ビルマ国軍)やこれまでの軍事政権と[…]

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Relationship ― 日本の『時間軸』を辿る ~東南アジア・ミャンマーと北朝鮮の関係性①

はじめに 昨今掻き乱れている世界情勢地域のひとつに、東アジア地域の朝鮮半島(韓国では韓半島という)がある。 日本の敗戦後、朝鮮地域は北緯38度線以南をアメリカに、以北をソビエト連邦に占領され、両国軍の統治を受けることになった[…]

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Relationship ― ミャンマーと日本の『時間軸』を辿る ~ミャンマーとの友好関係の構築…昭和時代その8

大東亜戦争の終焉 前回は南機関の解散とバー・モウ政権誕生・ビルマ独立宣言のところまで書きました。 傀儡政権とはいえ国家独立という目標に到達したアウン・サン達でしたが、時の巡りはそんなお祝いムードを払拭してしまうほどの大きなうねり[…]

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Relationship ― ミャンマーと日本の『時間軸』を辿る ~ミャンマーとの友好関係の構築・・・昭和時代その7

戦局の苛烈化 このコラムでは、余り当時の戦局について言及してきませんでした。 私としては戦闘行為よりも当事者の「人間臭さ」であったり、教科書に載らないエピソードに注目してほしいという希望があったからです。ただ、戦争が終結に向かって[…]

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Relationship ― ミャンマーと日本の『時間軸』を辿る ~ミャンマーとの友好関係の構築…昭和時代その6

ビルマ人歓喜の裏で 前回は、鈴木大佐とアウン・サンに率いられたBIA(ビルマ独立軍)がラングーンに進軍したもののなかなか独立が承認されない段階で話が終わっていました。 軍人たちは戦争の「リアル」というものを肌に感じながら日々を過ご[…]

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Relationship ― ミャンマーと日本の『時間軸』を辿る ~ミャンマー政権交代からまもなく1年~国民熱狂の果てにあるもの

2017年最初のコラム 2017年新たな年がスタートしてしばらく経ったが、1月はミャンマー国家にとって歴史的な日が存在する。 1月4日は「ミャンマー建国記念日」、大東亜戦争後イギリスの再統治を受け、1948年そこから再独立した記念[…]

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Relationship ― ミャンマーと日本の『時間軸』を辿る ~ミャンマーとの友好関係の構築・・・昭和時代その5

ラングーン占領と鈴木大佐の葛藤 先月は鈴木大佐やアウン・サン達が協力してBIAが結成され、いよいよビルマへ進軍を開始するところまで書きました。 大東亜戦争初めの6カ月間の戦いは、どの歴史書を見ても破竹の勢いで米英仏蘭軍を駆逐したと[…]

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