World Map Myanmar に関連する記事の一覧

Relationship ― ミャンマーと日本の『時間軸』を辿る ~ミャンマーとの友好関係の構築…ビルマ再独立編

日本軍政が去った後で 写真1:武装解除、クローサー少将へ軍刀を手渡す 竹原三郎中将 今年も72回目の「あの日」が巡ってきます。 1945年8月15日、大日本帝国政府は米・英・支(中華民国)・蘇(ソ連)の発したポツ[…]

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Relationship ― 日本の『時間軸』を辿る ~東南アジア・ミャンマーと北朝鮮の関係性②

ミャンマーと北朝鮮の関係 私が研究するミャンマーは北朝鮮との国交が存在する。ミャンマーの国家経済や防衛に関して北朝鮮の役目は少なくなかった。 殊に国家防衛に関する事項においてはミャンマー国軍(当時ビルマ国軍)やこれまでの軍事政権と[…]

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Relationship ― 日本の『時間軸』を辿る ~東南アジア・ミャンマーと北朝鮮の関係性①

はじめに 昨今掻き乱れている世界情勢地域のひとつに、東アジア地域の朝鮮半島(韓国では韓半島という)がある。 日本の敗戦後、朝鮮地域は北緯38度線以南をアメリカに、以北をソビエト連邦に占領され、両国軍の統治を受けることになった[…]

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Relationship ― ミャンマーと日本の『時間軸』を辿る ~ミャンマーとの友好関係の構築…昭和時代その8

大東亜戦争の終焉 前回は南機関の解散とバー・モウ政権誕生・ビルマ独立宣言のところまで書きました。 傀儡政権とはいえ国家独立という目標に到達したアウン・サン達でしたが、時の巡りはそんなお祝いムードを払拭してしまうほどの大きなうねり[…]

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Relationship ― ミャンマーと日本の『時間軸』を辿る ~ミャンマーとの友好関係の構築・・・昭和時代その7

戦局の苛烈化 このコラムでは、余り当時の戦局について言及してきませんでした。 私としては戦闘行為よりも当事者の「人間臭さ」であったり、教科書に載らないエピソードに注目してほしいという希望があったからです。ただ、戦争が終結に向かって[…]

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Relationship ― ミャンマーと日本の『時間軸』を辿る ~ミャンマーとの友好関係の構築…昭和時代その6

ビルマ人歓喜の裏で 前回は、鈴木大佐とアウン・サンに率いられたBIA(ビルマ独立軍)がラングーンに進軍したもののなかなか独立が承認されない段階で話が終わっていました。 軍人たちは戦争の「リアル」というものを肌に感じながら日々を過ご[…]

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Relationship ― ミャンマーと日本の『時間軸』を辿る ~ミャンマー政権交代からまもなく1年~国民熱狂の果てにあるもの

2017年最初のコラム 2017年新たな年がスタートしてしばらく経ったが、1月はミャンマー国家にとって歴史的な日が存在する。 1月4日は「ミャンマー建国記念日」、大東亜戦争後イギリスの再統治を受け、1948年そこから再独立した記念[…]

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Relationship ― ミャンマーと日本の『時間軸』を辿る ~ミャンマーとの友好関係の構築・・・昭和時代その5

ラングーン占領と鈴木大佐の葛藤 先月は鈴木大佐やアウン・サン達が協力してBIAが結成され、いよいよビルマへ進軍を開始するところまで書きました。 大東亜戦争初めの6カ月間の戦いは、どの歴史書を見ても破竹の勢いで米英仏蘭軍を駆逐したと[…]

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Relationship ― ミャンマーと日本の『時間軸』を辿る ~ミャンマーとの友好関係の構築・・・昭和時代その4~

立ちはだかるアジアの急変 前回は地獄の海南島での訓練の日々と、そこで養われた日本人とビルマ人との絆について書きました。今回は時間軸を、1941年7月ごろ、海南島での訓練が終了した時点に戻します。 南機関の機関長であった鈴木大佐には[…]

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Relationship ― ミャンマーと日本の『時間軸』を辿る ~懐柔から信頼醸成へ~「鈴木大佐」と「ヒゲの隊長」~」

視点を変えて これまで3回にわたって昭和時代の日本とミャンマー(当時は英領ビルマ)の邂逅からビルマ戦突入前までの関係構築のエピソードを書いてきました。 ここからいよいよ友好関係が大きく動く・・・というところなのですが、日本側のアウ[…]

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