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東方正教会 ― 知られざるキリスト教文化圏
Ⅵ 正教会と歴史を訪ねる旅 ― 1.セルビア②

12世紀末に誕生した中世セルビア王国は拡大していき、13世紀後半から14世紀初めにかけて、ネマニッチ王朝の新たな中心地となったコソボ地方に素晴らしい教会や修道院がいくつも建てられました。現在は、その中の4箇所が「コソボの中世建造物群」としてユネスコの世界遺産に登録されています。

なお、コソボ地方は1990年代以降のコソボ紛争を経て2008年にコソボ共和国として独立を宣言し、日本国もそれを承認しています。よって実際に旅行する場合はセルビア共和国とは別の国として入国手続きをする必要があります。また、そのような経緯があるため、セルビアとコソボの国境を陸路で超えることは基本的にできません。しかし、コソボが歴史においてセルビアの一地方を指していたのは事実であり、また上述の建物はユネスコにも「セルビアの世界遺産」として登録されていますので、教会と歴史を紹介する本稿の趣旨として、コソボをセルビアに含めて記述していることを予めお断りしておきます。

さて、それではこれら4つの世界遺産の教会をご紹介しましょう。
最初に挙げられるのは、コソボ共和国の首都プリシュティナの近くにあるグラチャニツァ修道院です。(写真1)この修道院はセルビア王国の5代目の国王であるステファン・ウロシュ二世ミルティンが、1321年に建立しました。聖堂のデザインは優美なギリシャ風で、この修道院を模した聖堂が現在に至るまでいくつも建てられています。聖堂内の壁一面に描かれたフレスコ画のイコンも見事です。


写真1:グラチャニツァ修道院

コソボの西北部にあるペーチという町には、1253年にセルビア正教会の本部である大主教座が移り、大主教の住む修道院が建てられました。後にセルビア正教会の首長は大主教からより格上の総主教という地位になったことから、この修道院は総主教修道院(写真2)と呼ばれています。総主教修道院は当時から現在に至るまで、歴代のセルビア総主教の着座式(就任式)が行われる由緒ある聖堂です。


写真2:ペーチの総主教修道院

ペーチの郊外にあるヴィソキ・デチャニ修道院は、上記のミルティン王の息子で6代目国王のステファン・ウロシュ三世デチャンスキが1327年に創立。聖堂は彼の死後の1335年に完成しました。(写真3)この修道院は4つの世界遺産の中で、建物も内部のフレスコ画も最も状態が良く、年間を通じて多くの観光客や巡礼者を集めています。黄色と白の大理石造の美しい聖堂は正教会では珍しいロマネスク様式で、聖堂内にはデチャンスキ王の遺体を収めた棺が安置されています。私はこの修道院で2015年4月に日本人として初めて、聖体礼儀を修道院長らと共同で執り行わせていただきましたが、14世紀の美しいフレスコ画とロウソクの灯火に囲まれて夢のような体験でした。


写真3:ヴィソキ・デチャニ修道院

コソボ南部の都市プリズレンは14世紀に王都となり、「セルビアのコンスタンチノープル」と呼ばれるほどに栄えました。ここにはミルティン王が建てたリェヴィシャの生神女聖堂があります(2004年の暴動で内部が破壊され現在非公開)。しかしコソボ地方は、1389年のコソボの戦いの後にオスマントルコ領となり、プリズレンの街並みも中世ヨーロッパ風の建物と、モスクなどトルコ風の建物が混在する複合文化的なたたずまいとなっています。(写真4)


写真4:プリズレンの街並み

さて、コソボ地方は上記のようにトルコ領になった後、イスラム教徒のアルバニア人が移住して多数派となりました。ユーゴスラビア崩壊後の1990年代に、このアルバニア系住民がセルビアからの独立を主張して起きた内戦がコソボ紛争です。2004年3月にはアルバニア系住民による反セルビア人暴動が起き、上記のリェヴィシャの生神女聖堂を含む多くの教会が破壊されました。現在も教会へのテロ行為の懸念が後を絶たないことから、ユネスコはこれらの世界遺産を危機遺産に指定しています。ヴィソキ・デチャニ修道院には平和維持のためにイタリア軍兵士が駐留し、パスポートチェックを受けなければ敷地に入れないほどです。

民族や宗教間の対立にはそれぞれに言い分があり、その是非を問うのは本稿の趣旨ではありませんが、歴史遺産や文化財は民族や宗教の違いを超えた人類共通の財産であることは間違いありませんので、それが戦争やテロによって失われてしまうことは決してあってはならないと考えます。

写真:
  • 写真1:「グラチャニツァ修道院」、2015年4月に筆者撮影
  • 写真2:「ペーチの総主教修道院」、同上
  • 写真3:「ヴィソキ・デチャニ修道院」、同上
  • 写真4:「プリズレンの街並み」、同上

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