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Our World through Music
~甘い音と巡る世界の響き~Vol.5

広大な大地と極限の寒さで育つ音楽

今回は、ロシアの大作曲家ピーター・イリッヒ・チャイコフスキーについて、そして弦楽器で演奏できる彼の代表的作品「アンダンテ・カンタービレ」についてお伝えします。

チャイコフスキーと言えば、バレエ「白鳥の湖」や「くるみ割り人形」の作曲家として、その音楽は皆さんの耳にも馴染み深いのではないでしょうか。
美しく洗練された、心に感じ入りやすいメロディ。日本人である私にもとても自然に感じられるその音楽を知っていただければと思います。

ピーター・イリッヒ・チャイコフスキー。
1840年生まれ。幼い頃から感受性豊かな人でした。
一説によると、わずか5歳頃、演奏会を聴きに行ったあとの夜、「さっきの音たちがめまぐるしく心をいっぱいにして眠れないんだ」と母に訴えたといいます。

チャイコフスキーについてお伝えする前に、まず彼の代表的な作品の一つである、ピアノ協奏曲第1番をご紹介しましょう。
お聴きになる前に、軽くご説明しますと、クラシックの作品は概して長大であることが多く、この作品も最後まで聴くと30分ほどかかります。この壮大な出だしは、きっとどこかで聴かれたことがあるのではないか、と思います。

演奏は、ピアノ辻井伸行さん。マリンスキー劇場管弦楽団、指揮はワレリー・ゲルギエフ。
日本を代表する天才ピアニストに、世界屈指のオーケストラとオペラ、バレエ劇団であるマリンスキー・オーケストラ、ゲルギエフは同劇団を一流に育てあげた立役者。
素晴らしい名演です。

法律を学ぼうと法律学校に進んだチャイコフスキーは、母がコレラで死んだことにより、音楽に目覚めます。この頃のロシアでは職業音楽家という生き方はまだまだ難しくもありましたが、繊細な感性をもつチャイコフスキーは法務省の文官という地位を捨て、音楽の道を選びます。

ここでクラシック史上でも有名な、チャイコフスキーの「ある人間関係」についてご紹介します。彼の作品は、上述のピアノ協奏曲やバレエ作品の他、交響曲第5番、そして6番などが特に有名ですが、そういった作品からも感じられるスケールの大きな感情的な音のうごめき、それを象徴的に表しているエピソードです。

さて、そのお相手とは、フォン・メック夫人。ある貴族の家の奥方です。
ある時、チャイコフスキーとフォン・メック夫人は出会い、それをきっかけに夫人は若い作曲家である彼に個人的な援助としてかなりの年金を支払うこととなります。
そして、その援助が続けられた14年間、二人は一度たりとも顔を合わせることはありませんでした。その代わりに行われたことは、連日の手紙のやり取りでした。
ある日には、数回も手紙のやり取りが往復されました。
まだ郵便も発達していないこの頃、チャイコフスキーと夫人の自宅の間で行き交わされた書簡類、その道のりの間にチャイコフスキーの心の音楽はますます大きくなっていったのかもしれません。

このフォン・メック夫人という人は大変音楽好きであったようで、
当時フランスでパリ国立音楽院の優秀な学生であったドビュッシーを、夏のバカンスの際に娘たちのピアノ教師として雇っています。ドビュッシーはこの頃に、チャイコフスキーが夫人に献呈した交響曲第4番の楽譜を実際に目にすることができ、遠いロシアからの影響を多大に受けたようです。
ちなみに、ドビュッシーの作品で有名なのは「月の光」「アラベスク第1番」などです。

チャイコフスキーと夫人との関係は、夫人からの突然の申し出により終わりとなります。
その理由ははっきりとはわからないですが、チャイコフスキーの音楽と人生において最も重要な存在であったことは、彼の作品からも確かに感じられます。

ここで、上述の交響曲第4番をお聴き頂きましょう。うつ病がひどかったチャイコフスキーが、作曲したこの曲の楽譜を夫人に送った際、この曲のある部分について、「夕暮れに机で物を書いていたが、その紙が床に落ちてしまったのを拾うことすら憂鬱で仕方がない」と手紙に書きました。これも30分以上かかる長大な作品です。

さて、そのチャイコフスキーが作曲した「アンダンテ・カンタービレ」という曲についてです。元々は、弦楽四重奏のために書かれた作品のうち、一部が特に有名になりました。
アンダンテ・カンタービレ、という言葉はイタリア語です。クラシック音楽の用語は歴史的にイタリア語が用いられる慣習があります。
アンダンテは「歩くくらいの速度で」という意味。
カンタービレは「歌うように」という意味でしばしば用いられています。
転じて、「心穏やかな感じで歌う」というイメージがここでは合っているかな、と個人的には思います。

この曲の中間部の、弦をはじく音。
まるで、あたかも寒い季節の室内の暖炉で薪がパチパチ燃えているような印象です。
この寒さのイメージで、私が思い出すのは、
ロシア人の音楽家と演奏していたとき、その方の故郷では冬には零下25度にまで下がり、その地域特産の暖かいストールをかけることでその寒さをしのぐことができる、と聞いたお話です。
ロシアに伝わる楽曲は暗い曲調が多いのですが、それはロシアという国そのものを表しているような印象でした。

そのロシア人音楽家の方との共演により、よりこの曲の背景にある国の温度を身近に感じられるようになりました。
その「アンダンテ・カンタービレ」をお聴きください。

この曲は、2018年10月6日に弦楽四重奏の一員として演奏します。
より多くの方にお聴き頂ければ幸いです。

資料:
  • Tchaikovsky museum Klin(チャイコフスキーが晩年に住んで作曲をしたモスクワ近郊のクリンの邸宅。現在は博物館となっている)(出典:Wikimedia Commons)
動画:

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