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アフリカで出合う偶然 #5 源の向こうに

ナイル川の源流は幾つかあると言われるが、そのうちの一つがウガンダのジンジャにある。土地の言葉で「石」という意味を持つその街は、首都カンパラから東へ約80km、乗り合いバスで2時間ほどさとうきび畑を駆け抜けたところに位置する。

カンパラでジンジャ行きの乗り合いバスを見つける。バスステーションには何百台というバスが大小問わず集まっていて、端から見ればしっちゃかめっちゃかに止まっているようだが、ドライバーたちには見えない道が見えるのだろう、すぐにその駐車場から道路へ出ることができる。ジンジャ、ジンジャ!と主張していると、周りの人たちがあっちだこっちだとバスまで連れていってくれた。乗り合いバスでは、後ろの席で小さくなって座るのが常だが、この時は助手席に居場所を得た。フロントガラスの広々とした眺めと、全開にした横窓からの風を感じながら、水の源の地、ジンジャへと向かった。

街はとてもきれいだ。宿の屋上から見渡すと、整然とした街並みがよくわかる。でも、壁で四方を囲まれた区画には、一つひとつ混沌とした日常生活がある。木と木を結ぶ紐にカラフルな洗濯物が干してあり、その下にタライが転がっている。夕方になると薄い煙が上がり始めるのは、外で料理をしているからだ。ウガンダは、ウガリやプランテンバナナとともに野菜や豆、肉のスープを食べる。かまどの上にどんと置かれた鍋では、そのスープを調理しているのかもしれない。庭の真ん中にあるマンゴーの木の下に、子どもたちが出たり入ったりしている。もうすぐ、一つに集まってあのスープを囲むのだろう。

ウガンダは、かつて英首相チャーチルに「アフリカの真珠」と言わしめたほど、美しい景観の広がる土地だ。海のように広い世界最大の熱帯湖・ビクトリア湖のほとりの国際空港エンテベに降り立ったときから、水と緑の国であることを感じられるに違いない。ジンジャへの道はまさに、その原点へと繋がっている。

「ナイル川の源流」、と聞いて何を思い浮かべるだろう。小さな水源からこんこんと湧き出る様子、その水がせせらぎをつくり、静かに流れを大きくしていく様子。・・・初めてのナイルでは、その静けさのイメージが一掃された。もちろん、水の生まれる瞬間の場所は、きっとそのように小さな始まりなのだと思う。でも、目の前に広がるナイル川は、白い水しぶきを散らしながら、美しい青い塊となって緑の中を駆け巡っているのだった。赤土に緑が映え、豊かな水が流れ、側の木陰で人も牛も休む。水の音は強く響いているのに、木の下でくつろげるほど心地よい静かな空気感があるのはなぜだろう。

ブジャガリの滝は、滝それ自体に高さがあるわけではないけれど、その水量と勢いは圧巻。これを生かしたラフティングが盛んで観光資源の一つだが、少し流れの落ち着いた川幅が広くなるあたりでも、周辺環境を楽しむような船が出ている。岸辺で出会ったジョンは、10代半ばくらいの船頭見習いだ。学校が休みの時や放課後に、おじさんの船を手伝っているという。パーカーのフードをすっぽりかぶったままで話す時もなんだか恥ずかしそうにしていたけれど、写真好きと見え、慣れてくるとあちこちでポーズをとってはデジカメを向いて笑った。

ジョンのおじさんの船で川へと出る。穏やかに見える水面でも、船が少し揺れるだけで水の流れを感じる。揺れて立つ小波の音を聞き、少し冷たい空気を感じ、無力になる。船べりから手を伸ばし、水に触れる。教科書や地図で見ていたナイル川に、今 触れている。旅の喜びは、知識が自分の感覚を伴う経験に変わる時だ、と思う。

船で対岸の島にたどり着き、降りて少し散策する。外から見るともわっとした緑のドームのようなその島は、入り組んだ岸辺の窪みで急流が一休みし、シダたちの中で高低の違う木々がうねりの強い枝を自在に伸ばし、どこにでも隠れて良さそうな茂みが広がっているとても自由なところだった。腕を伸ばし深呼吸をする。自然のなかですっかりのびのびしていた。

船旅も終盤、岸辺にある高台にのぼった。ナイル川を見渡す。空を見上げる。ふとジョンが東のほうを向き、人工的に土が盛り上がったところを指差して言った。
「ダムを造っているんだ。」

高台のふもとには、水浴びをしている子どもたちがいた。3つのあたまが、並んでスイスイと進んでいったり、一つとぷんともぐったり、飛び上がったりしていて楽しそうだ。そのうち、誰かに呼ばれたのだろうか、岸に上がって、脱ぎ散らかしてあった服をとって林の中に駆けていった。西を見ると、傾き始めた太陽が遠くの水面をきらきらと照らしていた。

小さな船の旅を終えて、赤土の道を戻る。水や荷物を頭に乗せて歩いてくる子連れのお母さんや、どこに繋がっているかわからない手綱を首に巻いてゆったりと動く牛、近づくとちょっと物珍しそうに見上げる子どもたち。すれ違いながら、川とともにあるこの人たちの生活を思う。

バイクタクシーでジンジャに戻った時には、すっかりお腹が空いていたので、すぐにご飯にした。飲みものは、ナイル・スペシャル。ナイルのほとりで醸造されているウガンダ産のビールだ。ランチの時に川を眺めながら飲んだこのビールは最高に美味しかった。この時ももちろん良い味だったけれど、川の音や匂いや人びとの生活や声を見聞きした後のビールには、違う味が加わっていたような気がした。

写真:
  • 「ジンジャの街」著者撮影
  • 「ナイル川」著者撮影
  • 「川のほとりの生活の道」著者撮影

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