「スペインのショパン」エンリケ・グラナドス
今回は、一般的にはあまり知られていない作曲家のことをご紹介します。エンリケ・グラナドス(1867-1916)。「スペインのショパン」と呼ばれたこの人は、第一次世界大戦中に惜しくも亡くなりました。彼自身の名はあまり知られていないものの、その音楽と数々の芸術的な逸話で音楽史にその名を残しています。どのような人だったのでしょうか。
グラナドスは、幼い頃から楽才を発揮し16歳でバルセロナ音楽院のコンクールで優勝、同音楽院を首席卒業。その後、パリで学びます。帰国後ピアニストとしてグリーグのピアノ協奏曲でデビューしました。そして、作曲活動も始めます。
ここで、彼の初期の代表作を聴いて頂きましょう。
『12のスペイン舞曲集』より最も有名な第5番「アンダルシア」です。
この曲はギターでもよく演奏されます。ギター版はこちら。
ちなみに、個人的にこの曲集の中で好きなのは、第2番「オリエンタル」です。
いかにもスペインのイメージそのものといった感じが聴き取れるかと思います。そう、彼は民族主義的な作曲家だと言われます。
その後、彼は当代一流の演奏家たちと交流していき、共演や初演してもらうようになりました。
例えば、ヴァイオリンのジャック・ティボー。ティボーの名を冠したロン・ティボー国際音楽コンクールは現在でも名誉あるコンクールとして名高く、日本では現在ベルリンフィルハーモニーのコンサートマスターでおられる樫本大進さん、若手ヴァイオリニストとして人気の南紫音さんなどがそれぞれ優勝や入賞されています(ロン・ティボーというネーミングにあるロンとは、ピアニストのマルグリット・ロンのこと。ラヴェルなどの初演を務め名ピアニストとして知られました。)。
ちなみにティボーは大変な名人ぶりで、ある演奏会では前奏曲として弾いたソロがあまりに素晴らしく観客の鳴りやまぬ拍手に12回も舞台に呼び戻され、なかなか次の曲に行けなかったとか。この連載の初期でご紹介したイザイとも交友があった人です。
その他、グラナドスはサン・サーンスやチェロのパブロ・カザルスとも度々共演しました。
サン・サーンスは『動物の謝肉祭』で有名なフランスの作曲家ですが、実はピアノの名手でもあったため、彼のヴァイオリンソナタはヴァイオリンもピアノもかなりの技巧を要求されます。
パブロ・カザルスはスペイン、カタルーニャ生まれの人。それまで演奏会で弾かれていなかったバッハの無伴奏チェロ組曲を広く紹介していった功績は歴史的なものですが、同時に素晴らしいチェリストでした。晩年の1971年にニューヨークの国連本部でカタルーニャの古い民謡『鳥の歌』を演奏し平和を訴えたことは人々の心を打ちました。
そのような名演奏家たちとのコラボでグラナドスは、自作曲だけでなく過去の偉大な作曲家の作品も演奏しており、ベートーヴェンのヴァイオリンソナタの演奏記録が残っていたりします。
スペイン風でありながら、「スペインのショパン」と言われる流麗さ。それは、この曲でお感じ頂けるかと思います。『演奏会用アレグロ』。直弟子だった、アリシア・デ・ラローチェによる演奏です。
彼は、後年になり民族的な音楽と華麗かつ仄かな暗さを併せ持つロマン的性格とを自作曲に表すようになりました。『演奏会用アレグロ』は、その代表的な作品と言っていいかもしれません。
グラナドスは、とても人柄がよく穏やかだったそうです。
そして、芸術家そのものと言ってもいいくらいの印象で、散歩中でも一旦音楽が出てくるとなんでもいいから白いものに書き写し、ワイシャツの袖を真っ黒にするほど無我夢中で浮かんだ旋律を記したとか。
また、自作を演奏するとき夢中になりすぎ、途中から自分が書いた旋律からかけ離れたものを弾いていたが、最後には元々書いたものにちゃんと戻ってきた、というエピソードもあります。グラナドスが傾倒していたショパンも自作の曲を二度とは同じように弾かなかったのだとか。生まれながらの天才とはこうあるものなのかもしれませんね。
そんなグラナドスの最大の作品『ゴイェスカス』。これは、マドリッドのプラド美術館でゴヤの絵を見ているうちに思い浮かんだ音楽を曲集にしたものです。日本語だと、「ゴヤの絵風」と言われるこの作品。先ほどと同じくアリシア・デ・ラローチャの演奏でお聴きください。
スペイン風と言われればそう、でもそれ以上にどこかロマンティック。
こうして誰にも越えられない独自の世界を創り上げたグラナドスは、公演のために呼ばれたアメリカからの帰国途中に乗船していた船が魚雷攻撃を受けたことで海の底へと没します。大の水嫌いだった彼。自らは一旦一命を取り留めたものの、妻が海の藻屑となりそうなところを見て愛のために海に飛び込み、戻らぬ人となりました。
そんなグラナドスの知られざる名曲、ジャック・ティボーに献呈されたヴァイオリンソナタを2019年11月24日に東京原宿で演奏します。日本では滅多に演奏されませんが私は今度で3回目の演奏。溢れんばかりの情感と熱っぽさをお聴き頂ければ幸いです。
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- SPANISH DANCE No. 5 "Andaluza"—Granados (sheet music)
- Jacob Cordover – Spanish Dance No. 5 (1969 Ramirez ex. Segovia)
- Granados / Alicia de Larrocha: Dance No. 2 in D minor (Oriental), Twelve Spanish Dances
- Granados: Allegro de Concierto
- グラナドス: ピアノ組曲《ゴイェスカス》アリシア・デ・ラローチャ 1989, 90
- Enrique Granados: Sonata para violín y piano