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Our World through Music
~甘い音と巡る世界の響き~Vol.3

タンゴをコンサートホールで -アストル・ピアソラ

連載3回目の今回は、アルゼンチン音楽の巨匠アストル・ピアソラと彼の音楽についてお伝えします。

アルゼンチンは、19世紀終わりから20世紀初頭にかけて、世界でも有数の裕福な国でした。そのため、この時代にイタリアやスペインから多くの人々が移住しています。
ピアソラの一族もそうでした。そして、アルゼンチンの音楽はこれらの人々の移動による影響を大きく受けています。

アルゼンチンの音楽と言えば、有名なのはタンゴ。
イベリア半島で生まれたのち、大西洋を渡ってより深くなり、巨匠ピアソラの手により世界的に広まりました。このタンゴの歴史を通して、世界を見てみましょう。

まず、ピアソラについてご説明します。
イタリア系移民の子として、ブエノスアイレスから400キロ離れたマル・デル・プラタで産まれたアストル・ピアソラ。
彼の父親はギターとアコーディオンを嗜み、実際にタンゴを作曲したほどのタンゴ好き。ピアソラ自身も子どもの頃からバンドネオンにヴァイオリンとギターを習っていました。

父親は、より良い生活のため家族を連れてアルゼンチンとアメリカを幾度も行き来し、ピアソラはそれぞれの地で彼の音楽を深く発展させていきます。
2度目のニューヨーク時代に、ロシアの大作曲家であり名ピアニストであったラフマニノフの弟子、べラ・ウィダに出会ったことでクラシック音楽にも目覚め、のちにクラシック音楽を目指します。

ですが実際には、クラシック音楽の勉強のために訪れたパリで、当時の名作曲指導者ナディア・ブーランジェに自作のクラシック作品を褒められず、しぶしぶ彼のタンゴを披露します。
そのとき、「これこそがピアソラよ。この音楽を絶対に捨ててはいけません。」と言われたことで慧眼。それからは本当の自分の表現を追求してゆきます。

名曲「タンゴの歴史」

アストル・ピアソラの作品は、日本では「リベルタンゴ」が主に有名ですが、彼が野心的に挑戦した作品の一つとして、「タンゴの歴史」という曲があります。
これは音楽を通して、タンゴが生まれた背景、その文化と歴史を表現している作品です。

港町ブエノスアイレスで愛されたタンゴ。時代によって変化してゆく様を伝えるこの作品は4つの部分から成り立っています。

1.「酒場にて1900」
これは、タンゴが演奏されていた場、酒場での雰囲気を伝えています。酒場といいますが、実際には売春宿だと言われています。警官の笛を表した音から始まり、陽気な音楽です。

2.「カフェ1930」
タンゴは、メランコリーな音楽となっていきます。世界的に不穏な時代。男女の刹那的なひと時の逢瀬のような切なさに満ちた、甘く美しいメロディは官能的であり幸福にも満ちています。

3.「ナイトクラブ」
それまでのタンゴからアヴァンギャルドへ。時代はピアソラの挑戦へと移ります。祖国アルゼンチンのタンゴ界で受けた反発、それも次のタンゴへのため。

4.「現代のコンサート」
タンゴをコンサートホールで演奏されるものにしたい、という彼の願い。ピアソラの国際的活躍により、タンゴはジャンルに関係なく、あらゆる人に愛される音楽になりました。新しい時代のタンゴは国を越えて様々な要素を取り入れることができるほどにまで成長します。

さて、このタンゴの歴史を追うにあたり、重要な言葉があります。
それはルンファンドと呼ばれる、タンゴの歌詞で使われる俗語のこと。
イタリア語からの借用が多く、19世紀末からブエノスアイレスで使われるようになります。
その言葉には、口説き、だるさ、災難、けちんぼ、遊び人、等々といった単語が並びます。
まるでお上品とは言い難い雰囲気ですが、実はここに当時の雰囲気を読み取る鍵があるのです。

タンゴが生まれたイベリア半島、スペインは古くから西洋の中でも比較的暗い音楽が好まれる土地でした。それは、土地の持つ歴史そのものでもあります。
そして、そこから祖国を捨て海を渡った人たち。自分の親兄弟は海の向こうにいる、その寂しさと望郷の想いは暗かった音楽をより深く、重いものにしたのでしょうか。

私は在米時代に、世界各国から学問のために移住、留学してきた人たちとお会いし、その中には火種を抱えている国々や国際的立場が難しい国の方々もおられました。学問を目指しながら祖国や家族のことを想う彼らの印象は今でも忘れられずにいます。

そんなこともあり、タンゴの歴史に想いを馳せる度、現代と違って海を渡ることも命懸けだった当時、それでもその選択をせざるを得なかった人々から自然発生した音楽、その深さと重みは現代の私たちにも何か大事なものを教えてくれる、と思うのです。

最後に、アストル・ピアソラの「タンゴの歴史」より「カフェ1930」の演奏動画をご紹介しましょう。元は、フルートとギターのために書かれていますが、これはフルートの代わりにヴァイオリンで演奏されています。
そして私も同様に、ギタリストとデュオで多くのピアソラ作品を演奏する予定が2018年10月14日にあります。少しでも多くの方に、ピアソラが伝えたかったことをお届けできれば幸いです。

参考文献:
「ピアソラ その生涯と音楽」マリア・スサーナ・アッシ、サイモン・コリアー著、
翻訳:松浦直樹、発行:株式会社アルファベータ
動画:
https://youtu.be/6DhQ5b4jwCg

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