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Our World through Music~
甘い音と巡る世界の響き~Vol.15

音楽史上に残る「偽作」騒動

前回に続き今回も、歴史に残るあるヴァイオリニストのことをご紹介します。その名は、フリッツ・クライスラー。
1875年ウィーン生まれ、1962年にアメリカで亡くなっています。
彼の名は聞いたことがなくても、その作品はとても有名です。さて、どのような人物だったのでしょうか。

まず、こちらをお聴きください。

とても古いレコードから聴こえるこの旋律はきっとどなたでもご存知のことでしょう。
クライスラーの「美しきロスマリン」。本人の演奏です。

クライスラーは、音楽好きの医者の息子として生まれ、子どものころにヴァイオリンを習い始めました。そして7歳でウィーン高等音楽院に入学、10歳で首席で卒業します。とんでもない神童ぶりですが、成人後もさきほどのような素晴らしい演奏をし続けていますから、やはり真の天才であったのでしょう。
ちなみにこの音楽院在学中、アントン・ブルックナーというドイツ・ロマン派の巨匠作曲家に作曲を学んでいます。その後、パリ音楽院に入学、こちらも12歳で首席で卒業しました。

そのあとアメリカのボストンでの演奏会が大成功しましたが、神童としてちやほやされることを好ましく思わなかった父親の意向により、一般の高等学校に進みます。そして興味深いことは兵役も勤めていることです。音楽家の人生を調べているとわかることですが、案外音楽だけではなく、一般大学で法学や医学を学んでいたり兵役を勤めている人もいるのです。

ここで、こちらをお聴きください。

「中国の太鼓」。この時代のヨーロッパではフランスのジャポニズムに代表される、東洋の文化が流行していました。異質でありながら官能的で魅力的だとされていたようです。
中間部分の艶っぽい旋律、これはどのような東洋美を表現したのでしょうか。

さて、その後クライスラーはウィーンフィルハーモニー管弦楽団のオーディションを受けて不合格になったりしています。協奏曲のソロを務める人がオーケストラに落ちるというのも不思議ですが、恐らく相性が合わなかったのでしょう。

そして、ソリストとして活動している中、とある出来事で強烈にその名を歴史に残すことになりました。
クライスラーは、世間に知られていない昔の時代の作品の楽譜を大量に持っていて、それらを演奏会で弾いていました。「とても愛らしくてチャーミング」、「曲は素晴らしいけど技量が追い付いていない」、などと意地悪な批評をされるほど素敵な作品たちでした。本人が言うには、それらの作品は演奏旅行で訪れた先の図書館などにあった、というのです。そういった演奏会を30年も続けていました。

ところが、です。

とある批評家がすっぱ抜いた事実。
それらは、過去の作曲家たちの名を語ったクライスラー本人の作品であったという「逆偽作」でした!
これは大変な騒ぎになったようです。

なぜそのようなことをしたのか、正確な理由はわかっていません。
ですが、演奏家が作曲をすることに批判的な目があったり、新しい作品に対して世間は冷たい態度であったり、はたまた先入観により正当な評価をされにくい、など芸術家ならではの悩みからそうしていたようです。
30年もの間、「偽作」であったことに気付かなかった批評家たちの面目は丸つぶれですね。

クライスラーの時代はベートーヴェンの頃と違い、素晴らしい過去の作品が数多くあったので、容易に比較、批評されてしまいます。それもあり、作曲する人が減っていったのかもしれません。
彼は以前ご紹介したウジェーヌ・イザイと同時代の人で親交もあり、イザイの無伴奏ソナタのうち一つはクライスラーに献呈されています。二人に共通するのは、自作自演をする時代の最後のヴァイオリニストだった、ということです。(そしてすごい音楽性と演奏技術もあった二人です。)

個人的に思うことは、クライスラーの作品はピアノもすごい、ということです。彼のピアノパートはとても手が込んでいる上、彼独特のセンスはお洒落だけど弾くとなるとやりにくい、これを弾けるのはなかなかな腕前だと思います。ヴァイオリニストがピアノの音楽をこれほど創れたということに尊敬します。
そのすごさが最も表れていると思う作品をお聴きください。
本人の演奏がなかったので、私が最も好きなヴァイオリニスト、ポーランド出身のシェリングという人による演奏です。

2019年7月7日に私も自作自演と編曲ものを中心とした演奏会を開きます。クライスラーのような素晴らしい作品にはまだまだ手が届かないものの、現代ではあまり行われていない「自分の作品を自分で弾く」スタイルの演奏を続けていきたいと思っています。

写真:
NYの街角“a row of colorful brownstone buildings”
動画:

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