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東方正教会 ― 知られざるキリスト教文化圏
Ⅴ 正教会の祭と民間の伝統行事 ― 6.冠婚葬祭などと教会の関わり

さて既に、正教社会においては、その地域や民族の歴史的・伝統的文化を受容してきたことに加えて、生活に密着する形で発展してきたと述べました。つまり、教会は祭だけのために存在しているのではなく、また日曜日に聖書などを勉強する場所だけでもなくて、むしろ冠婚葬祭など、人生のいろいろな局面において人の一生に祈りを通して深く関わる存在として理解されているということです。

正教会の信者になるには洗礼を受ける必要があります。新しく生まれた赤ちゃんが教会で洗礼を受ける時は、家族や親戚を挙げての大きなお祝いごととなります。洗礼には必ず男女一組の証人が必要ですが(一人だけで可とする地域もある)、彼らは代父母(God Parents)と呼ばれ、洗礼を受けた子どもに将来にわたって実の両親のように深く関わっていきます。ちなみに洗礼は理論的には生後すぐに受けることもできますが、生後40日未満の新生児の母親は聖堂に入ることが許されないため、普通は生後数か月の段階で洗礼式を行うことが多いです。(写真1)


写真1:幼児洗礼式

教会での結婚式(日本正教会は婚配式と訳している)は、キリスト教徒の少ない日本でも多くの人がイメージできるでしょう。しかし、正教会はキリスト教の伝統的な教えに従い、婚配式は信者同士の結婚のためにあると考えています。よって婚配式は新郎新婦の両方が正教徒である場合しか行われず、結果として我が国で行われることは大変珍しいものとなっています。正教会の婚配式では新郎新婦が冠をかぶる、または証人などが後ろから冠を掲げることが外見上の特徴です。そのため、ロシア語では婚配式のことをヴェンチャーニエ(戴冠式)と呼んでいます。(写真2)


写真2:婚配式

人は生きている以上、いつかこの世を去る時が必ず来ます。教会は永眠した信者の葬儀(日本正教会は埋葬式と呼ぶ)を行う場でもあります。永眠した人は土葬するというのがキリスト教の伝統的な考えであるため、式次第も聖堂で葬送の祈りをしてから墓地に行って土葬するという流れで書かれています(日本のように火葬しかできない社会ではその限りではありません)。大変荘厳な儀式です。

また、永眠者を追悼する祈りは葬儀の時だけではなく、その後もいろいろな節目ごとに行われます。最も大きな節目が永眠日から40日目であり、これを日本正教会では四十日祭と呼んでいます。これはキリストが死から復活して40日目に昇天したという聖書の記述にちなむものです。あとは日本でいう命日、つまり毎年の永眠日が節目といえます。この節目の時に行う追悼の祈りは、各民族によっていろいろな呼び名がありますが、日本正教会ではロシア語のパニヒダという名で呼んでいます。パニヒダの時は故人を偲んで麦や米を甘く煮たものを食べるのが習慣です。この食べ物をコリヴォ、日本正教会では糖飯と呼びます。(写真3)


写真3:パニヒダ

さらに教会でのパニヒダだけでなく、いわゆる墓参りとしてお墓の前で司祭が祈りを捧げることも行われます。これを墓地祈祷といいます。復活祭は正教会で最大の祭だと既に述べましたが、復活祭はキリストが死から復活したことを記念する祭ですので、日本のお盆やお彼岸のように復活祭後に墓参りし、司祭に墓地祈祷を献じてもらうのが習慣です。特にロシアの習慣では復活祭の9日後、つまり復活祭の翌週の火曜日をラドニツァと呼び、墓地祈祷を行う日としています。(写真4)


写真4:日本人初の正教徒・澤辺琢磨神父に献じられた墓地祈祷

以上見てきたように、正教会は人生の節目における祈りを大切にしており、それが社会の習慣として定着しています。日本の伝統的な習慣や感性にも相通じるものがあると私は考えていますが、読者の皆さんはどうお感じになるでしょうか。

写真:
  • 写真1:「幼児洗礼式」、横浜ハリストス正教会
  • 写真2:「婚配式」、 ジョージア・クタイシのゲラティ修道院にて筆者撮影
  • 写真3:「パニヒダ」、横浜ハリストス正教会
  • 写真4:「日本人初の正教徒・澤辺琢磨神父に献じられた墓地祈祷」、青山霊園にて撮影
参考文献:
高橋保行『ギリシャ正教』講談社学術文庫

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