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東方正教会 ― 知られざるキリスト教文化圏
Ⅵ 正教会と歴史を訪ねる旅 ― 1.セルビア④

19世紀にセルビアがトルコから独立を果たしたことで、セルビア正教会の復興も進められました。それを示すものの一つが、ベオグラードのミロシュ1世の私邸「リュビツァ公妃邸」(一般公開されています)の斜め向かいに1840年に建てられた聖ミハイロ大聖堂です。(写真①)


写真1:聖ミハイロ大聖堂(右)とセルビア総主教庁

この聖堂はセルビア正教会の総主教座聖堂(カトリック教会ならバチカンのサン・ピエトロ大聖堂に相当)であり、ベオグラードでは普通名詞で「サボルナ・ツルクヴァ」(大聖堂教会)と呼べば、自動的にこの聖堂を意味します。聖堂の外観も内部のイコンも、これまで見てきた中世セルビアの伝統的なスタイルと異なり、オーストリア辺りの18世紀から19世紀のカトリック教会の聖堂に似ています。

私は今年8月にこちらの大聖堂の聖体礼儀に陪祷(他の聖職者と共同で祈祷を司式すること)させていただきましたが、セルビア正教会の機関紙やウェブサイトに「セルビア正教会創立以来、初めて日本人司祭が総主教座で祈祷」と大々的に紹介され、大変驚きました。セルビア人はかなり親日的ですが、その日本に正教会があり、自分たちと同じ信仰を持つ人々がいることがよほど嬉しかったのかも知れません。

聖ミハイロ大聖堂の向かい側、リュビツァ公妃邸の並びにはセルビア総主教庁があります。観光ガイドには載っていませんが、ここの二階はセルビア正教会博物館になっており、200円ほどの入館料を払えば中に入れます。中世から近代までのイコンや宝物などが多数展示されており、一見の価値があります。

教会と直接関係ありませんが、聖ミハイロ大聖堂の側には「?」(セルビア語でズナーク・ピタニヤ)というカフェレストランがあります。(写真②)1823年創業のベオグラードで一番の老舗で、いつも観光客で賑わっています。最初の店名は「総主教庁」でしたが、本物の総主教庁からクレームがついたため、当時の店主が「総主教庁よりも良い名が他にあるだろうか?」という皮肉をこめて「?」と改名したという、有名なエピソードがあります。
これらの隣接し合った見どころ、すなわちリュビツァ公妃邸、聖ミハイロ大聖堂、セルビア正教会博物館を見学し、「?」でコーヒーを楽しめば、セルビアの歴史的な雰囲気を味わうことができるでしょう。


写真2:?の看板

さて、ベオグラードのランドマークは、市内を見下ろすヴラチャルという丘の上に建設中の聖サワ大聖堂です。(写真③)高さは約70mあり、モスクワの救世主キリスト大聖堂、ジョージアの至聖三者大聖堂と並ぶ世界最大級の正教会の聖堂です。


写真3:聖サワ大聖堂

1595年、オスマントルコの宰相シナン・パシャが、セルビア人に支配者であることを見せつけるために、人々の崇敬を集めていたセルビア正教会の創立者・聖サワの遺体をあばき、ヴラチャルの丘に運んで焼き捨てるという出来事がありました。セルビア正教会はこの屈辱的な事件の記憶を後世に留めるため1935年、ヴラチャルに聖サワを記念する大聖堂の建設を着工しました。
その後、第二次大戦でのナチスドイツ支配と戦後の社会主義政権、またユーゴ内戦のために工事は長く凍結され、ようやく近年に工事再開されたという、いわくつきの聖堂です。現在、外観はほぼ完成し、内部の工事が進められていて、あと数年で完成の見込みです。

最後にご紹介するのは、ベオグラードで一番の観光スポットであるカレメグダンです。(写真④)ベオグラードはドナウ川とサヴァ川という二つの大河の合流点にある軍事的要衝で、紀元前3世紀に最初に定住したケルト人を紀元6年にローマが征服して要塞を造りました。以来、街は何度も戦場になり、支配者がローマから中世セルビア王国、オスマントルコ、オーストリアと変わるたびごとに要塞の城壁が拡充されていきました。その要塞が今は公園になっており、戦乱続きだったベオグラードの歴史を物語る場所となっています。ちなみにカレメグダンという名称のカレは古いトルコ語で「要塞」、メグダンは「戦場」の意味です。


写真4:カレメグダンで結婚記念写真を撮るカップル

以上、これまで4回にわたり、日本人が訪れることの少ない正教国ということでセルビアの旅についてご紹介しました。次回から世界最古のキリスト教国の一つであるジョージアの旅を取り上げます。

写真:
  • 写真1:「聖ミハイロ大聖堂(右)とセルビア総主教庁」、2017年8月に筆者撮影
  • 写真2:「?の看板」、同上
  • 写真3:「聖サワ大聖堂」、2016年10月に筆者撮影
  • 写真4:「カレメグダンで結婚記念写真を撮るカップル」、同上

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