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東方正教会 ― 知られざるキリスト教文化圏
Ⅴ 正教会の祭と民間の伝統行事 ― 5.聖歌のメロディに見る地域的な違い

先月号で、正教社会においてはキリスト教の伝統的な教義を守る一方で、その地域や民族の歴史的・伝統的文化を受容してきたと述べました。それは実際の礼拝の場面においても同じです。

正教会の礼拝(Divine Services)を総称して日本正教会では奉神礼という訳語を充てており、その奉神礼の中の文言や式次第自体は、正教会において世界共通です(所作の違いは多少あります)。しかし、まさに古代教会時代から、奉神礼の文言は各民族の言語に翻訳され、またその文言を歌うための聖歌も時代を経て各民族のエスニックなメロディが用いられるようになりました。

その具体例として、公開されているYouTubeの音源で、復活祭の開式で唱和される聖歌「パスハのトロパリ」の聴き比べをしてみましょう。ちなみに日本語訳の歌詞は「ハリストス死より復活し、死をもって死を滅ぼし、墓に在る者にいのちを賜えり」です(日本正教会の聖歌のメロディは基本的に、ロシア正教会と同じものを使用)。

最初に取り上げるのはギリシャ正教会です。ギリシャ正教会はビザンチン聖歌と呼ばれる伝統的なメロディを継承しています。動画は米ニューヨーク州アストリアのギリシャ正教会聖ディミトリオス大聖堂で、2014年に行われた復活祭の様子です。(パスハのトロパリは開始から35秒後)

次にコーカサス地方のジョージア正教会を見てみましょう。ジョージアは隣国のアルメニアとともに、ローマ帝国より早い4世紀初めにキリスト教を受容した国です。聖歌は近代西洋音楽とは異なる独特な和音の合唱が特徴です。動画はジョージアの首都トビリシの三位一体大聖堂で、2016年に行われた復活祭の様子です。(パスハのトロパリは開始から17秒後)

バルカン半島に住むルーマニア人は中世にキリスト教を受容しましたが、彼らの言語はラテン系であり、ルーマニア正教会もビザンチン聖歌だけでなく、周辺の他民族と異なる独自のメロディも用いています。動画はルーマニア中部のコドレアの教会で2014年に行われた復活祭の様子です。(パスハのトロパリは開始から15秒後)

正教会で信徒数最大のロシア正教会はヨーロッパ地域より遅く10世紀末に誕生。聖歌も当初のビザンチン聖歌から、次第にロシアの伝統的な旋律を用いるようになりました。17世紀以降、とりわけ18世紀のピョートル1世の治世下で文化の西欧化が進み、聖歌もヨーロッパ音楽的な合唱曲として発展しました。動画はサンクトペテルブルクの聖イサク大聖堂で行われた復活祭の様子です。(動画の公開は2008年だが撮影年は不明)。パスハのトロパリは冒頭から歌われています。

以上はあくまでも一例ですが、可能ならば世界の正教会を実際に訪ねて奉神礼を見比べてみると、奥深さを一層実感できるのではないでしょうか。

動画:
参考文献:
高橋保行『ギリシャ正教』講談社学術文庫

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