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東方正教会 ― 知られざるキリスト教文化圏
Ⅳ 正教会の「かたち」と文化 ― 1. 聖堂

これまで正教会とは何か、カトリック教会となぜ分かれているのか、なぜロシア人を始めとするスラブ民族に信徒が多いのかなどの基本的な事柄について、歴史的な起源の側面から述べてきました。今月からは、実際に世界の正教会を訪ねる時に参考になるよう、目に見える「かたち」の要素やそれに付随する文化などについて述べることとします。

今回のテーマはその第一回として、教会に欠かすことのできない「聖堂」についてです。ちなみに正教会では通常、共同体や組織を「教会」(church)、その教会の祈りのための建物を「聖堂」(temple)と、呼び名を使い分けます。

これまで述べてきたように、正教会の宣教は伝えられた民族の言葉で行われ、その国や民族の文化を容認したり、受け入れたりしながら広まりました。その結果、世界各地の正教会の聖堂を見ると屋根や塔などの形状が随分異なっているような印象を受けます。

しかし、実際は正教会の聖堂は一部の例外を除いてビザンチン様式という基本様式で建てられており、屋根や塔の形状の違いはバリエーションに過ぎません。そのビザンチン様式とは、建物を上空から見下ろすと十字架の形をしていることと、聖堂中央の屋根と天井を中央に向かってドーム状にするという二点に集約されます。


写真1:横浜ハリストス正教会・外観

私が管轄している横浜ハリストス正教会の聖堂の写真(写真1)を見ると、聖堂の中央側壁が少し張り出していますので、上空からはずんぐりした十字型に見えるはずです。また、屋根は四方から中央に向けて高くなっており、中央にロシア風の玉ねぎ形のドームを設置しています。

聖堂内は三つの区画に分けられます。一番手前がいわば玄関口としての啓蒙所(vestibule)、中央付近は信者が祈る場所としての聖所(nave)、一番奥は聖職者が祈りを捧げる至聖所(sanctuary)です。

三つの区画とはいえ、啓蒙所と聖所の間に仕切りの壁がある聖堂の方が少なく、現実には入口に近い場所を大雑把に啓蒙所と呼んでいることが殆どです。

しかし、聖所と至聖所とは明確に区分されていて、至聖所の床の方が少し高い位置にあり、さらに境界にイコンを描いた板壁が配置されています(写真2)。


写真2:横浜ハリストス正教会・内部

この板壁をイコノスタシスと呼びます(イコンについては次号で解説します)。イコノスタシスの中央には両開きの扉・王門(royal gates)があり、普段は閉じていますが祈祷の時には開かれます。この構造は、信者が祈る場である聖所が「地上」、神の領域というべき至聖所が「天国」を象っており、その地上と天国とを隔てる門は、人間として地上に来てくださった神であるキリストへの信仰を通して開かれる、というキリスト教の基本的な考えをビジュアルに示すものといえます。


写真3:横浜ハリストス正教会・宝座

至聖所内部の中央には祭壇があり、日本正教会では「宝座」(altar table)と呼びます(写真3)。

正教会では、毎週日曜日に行われる最も重要な祈祷・聖体礼儀(カトリック教会のミサに相当)において、宝座の上に捧げられたパンと葡萄酒が、聖霊によってキリストの体と血に変化すると信じます。それだけ宝座は神聖なものと理解していますので、聖職者でない者は宝座に触れることが許されません。また至聖所はそもそも、聖職者が立ち入る場所であるため聖職者になれない者、すなわち女性は立ち入り禁止ですし、男性でも祈祷の手伝いなどのために許可された者でないと入れません。

補足事項としては、聖堂は必ず至聖所が東側にくるように建てられています。救世主キリストは人類を照らす光であるという理解から、朝日が昇って光が差してくる方角、すなわち東の方を向いて祈るという伝統を反映したものです。

また聖堂は必ず、聖人や何かの出来事(「主の復活」や「主の降誕」など)といった信仰上の何かを記念して建てられており、それがその聖堂の名称ということになります。横浜ハリストス正教会の聖堂は「生神女庇護」という10世紀のコンスタンチノープルで起きた奇蹟を記念していますので、正式には「生神女庇護聖堂」という名称です。

そして「何かを記念」ということは、記念日としての祭もあることになります。生神女庇護の記念日、すなわち「生神女庇護祭」は10月14日ですので、その日が横浜ハリストス正教会の聖堂の記念日となります。この個々の聖堂の記念日のことを堂祭と呼んでいます。

次回は正教会の信仰生活に重要なものであるイコンについて、述べることとします。

写真:
  • 写真1:『横浜ハリストス正教会・外観』、筆者撮影
  • 写真2:『横浜ハリストス正教会・内部』、筆者撮影
  • 写真3:『横浜ハリストス正教会・宝座』、筆者撮影
参考文献:
Thomas Hopko “The Orthodox Faith vol.2, Worship”, 1981, Orthodox Church in America

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