World Map Americas

Our World through Music~
甘い音と巡る世界の響き~Vol.20

女神を妻にした男

2019年も残りわずかとなり、この記事が公開される30日頃は年越しの準備で街中慌ただしくなっていることでしょう。本年最後に登場する作曲家は、チェコ生まれのユダヤ人、グスタフ・マーラー。いわゆる年末の風物詩である第九や、ヘンデルのメサイヤのような「年越し感」のある作品の一つとして、強くお薦めしたい曲があるので選びました。その人となり、歩みとともにご紹介しましょう。

1860年、プラハとウィーンの間にあるイーグラウという町でユダヤ人の両親のもとに生まれます。商売人で厳格な父と教養がある優しい母。父親は今でいうDVをふるう人だったようで、幼いマーラーはこのことにより心を傷つけながら育ちます。この家庭環境はのちに自身の妻との関係で問題となって現れます。

音楽の才能を認められ、ウィーン楽友協会音楽院(現ウィーン国立音楽大学)に入学。ピアノ、そして作曲でそれぞれ一等賞を取り、卒業後は指揮者として活躍します。ライバッハ、オルミュッツ、カッセル、プラハ。ライプツィヒ、ブタペスト、ハンブルグ、そしてウィーン。マーラーは、より良い条件を求めて次々と新天地を求め、活動の地を転々としました。

1897年、ウィーン国立歌劇場の芸術監督に任命されます。音楽家としてのマーラーは、音楽に誠実に生きる人で、その生き様はある意味大胆な行動となって現れました。例えば、演奏会で客席の照明を落として演奏に集中できるようにしたことや、開演に遅れた客が中に入ることを禁ずるなど、当時としては反感を買ってしまうような施策でした。これは、現代と違い歌劇場は客席も「社交」の場であったため、客が演奏そっちのけで会話に興ずるような光景が散見されていたからです。
ちなみに、そのおよそ90年前のウィーンでは、ベートーヴェンの交響曲初演の際に曲の楽章間で他の曲を演奏する、といったことが当たり前のように行われていました。理由は「観客が飽きるから」ということですが、作品を冒涜するような行為が音楽の都ウィーンで平然と繰り広げていたわけです。現代では信じられないことですね。

ユダヤ人であったこと、また彼自身の難しい性格もあって、ウィーン国立歌劇場オーケストラ指揮者の地位を離れることになったマーラー。その頃、彼のみならずウィーンの芸術家たちにとって女神のような存在だった女性と出会います。「アルマ」というその女性は、マーラーより18歳年下で、クリムトとも深い仲にあったと言われています。マーラーは、芸術的な彼女との生活の中で、ある素晴らしい作品を書きました。

交響曲第5番。全曲素晴らしい作品ですが、映画「ヴェニスに死す」で有名となった第4楽章アダージェットをお聴き下さい。この曲は、アルマへの愛の証だと言われています。

全曲はこちら。

マーラーは全部で9つの交響曲を書いており、そのどれもが大作です。余談ですが、ベートーヴェン以降、大作曲家による交響曲の数は9つまで、という都市伝説のようなものがあります。シューベルト、ブルックナー、マーラー、ドヴォルザーク……。ベートーヴェンが第9番までしか書けずに10作目を完成させる前に亡くなってしまったため、のちの作曲家も9つ書いたところでその命も尽きてしまうのでは、との噂もありますが、さて真相はいかに……。

こちらは交響曲第8番「千人の交響曲」。招聘先のアメリカで書きました。演奏時間は1時間半。初演のときには1100人ほどの演奏者で演奏されたそうです。実際には800名ほどの人数で演奏可能。とはいえ、それにしても大規模です。この曲は、彼が唯一他人に捧げた曲で、その相手とは妻のアルマでした。

多くの芸術家から愛される美貌と芸術の女神のようなアルマに激しい独占欲を見せ、夫婦仲は冷え切っていくものの、フロイトの診断を受け、だいぶ改善されたと言います。
マーラーの音楽は、ときに凄まじい気迫で容赦なく迫ってくるかと思いきや、まるで愛情で素肌がくるまれているような慈しみ深さもあります。私は彼の音楽に触れる度、初めて聴いたときの驚きを思い出します。そのときは、あまりの芸術性の深さに感動し、1週間も眠れなかったのでした。それは彼自身と同時に、それを支えたアルマの芸術的存在まで感じたからかもしれません。

どれも長大な彼の作品、次の交響曲第9番も同じく壮大な楽曲です。第4楽章の弦楽器だけによるハーモニーは、人の心の中だけの言葉をそのまま音にしたかのようです。

最後に、来年に向けてお聴き頂きたい交響曲第2番「復活」。

第4楽章の後半から終盤への高潮、未来がこのように盛り上がってほしいという願いを込めて選びました。皆さまの新年がより良い一年となりますよう、心よりお祈り申し上げます。

写真:
  • Czech Republic, Prague
動画:

コメントはこちらから

メールアドレスが公開されることはありません。

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)