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アフリカで出合う偶然  #1 砂漠の星

カサブランカに降り立ったその翌日には、マラケシュにいた。旅の予定を立てるために案内所に寄る。観光客で賑わう世界遺産都市を歩いたその後に、どこへ向かうか考えるつもりだった。陽が陰り始めていたので、その日の宿も探さねばならない。まだほとんど解いていない荷物を背負い、少し焦っていた。

そこへ、砂漠の街に向かうその日唯一のバスがついた。普段何にしても決めるのに時間のかかる自分が、勢い飛び乗る。まるで、アフリカの大地に来たのならば、まずはサハラにまいれと呼ばれているかのように南へと進む。

日の沈む国マグレブ:モロッコ。北に地中海、西に大西洋。東南には標高4,000m級のアトラス山脈が連なる。モロッコの魅力を問われたら、この様々な地形とともにあるsceneの彩りを答える。

美しい海岸線に、この地が西の果てとされた歴史を思い出す。古都フェズの旧市街に漂うスパイスの香りは忘れることができない。クミンを手にした時にはいつでも、このスークを思い出す。ジャム・エル・フナ広場の水売りや蛇遣いの呼び声は、どこか怪しげだ。人だかりのなかに埋もれないように気をつけながら、蛇の奇妙な動きを見る。

場所に限らず共通するのは、モスクから流れるアザーンの力強さとオリーブの果実味だろう。夕刻、薄く暗くなっていく静かな村に響くコーランを聴くとき、厳かな祈りの尊さをおもう。どんな料理でもついてくるオリーブは、白黒大小どれも味が詰まっていて美味だ。

バスはアトラス山脈を越え、サハラ砂漠の入り口の街、ワルザザードにつく。世界遺産に指定されている日干し煉瓦の要塞、アイト・ベン・ハッドゥへ向かう道の始点でもある。このあたりは7世紀以降続くベルベルの世界だ。

北アフリカの先住民であるベルベル人は、このモロッコからエジプトにかけて広範囲にわたり生活しているが、その正確な起源や複雑な音を含むベルベル語や民族の実態に関する研究はまだ限られている。しかし、北アフリカにはアラブだけではない文化も綿々と受け継がれていることは、この地域を知るには欠かせない事実だろう。

ワルザザードを出て、モスクを目印に通り過ぎゆく村を数えながらカスバ街道をゆく。さぁ、そろそろサハラ砂漠だと促され、ふと窓を見る。そこには小石や礫の大地が広がっていた。黄色い砂の海だけがサハラ砂漠だと思い込んでいたが、その誤りに気づく。

サハラ砂漠は約80%が岩石砂漠を占める。サハラという呼び名がアラビア語のSahra(サフラー:荒野)を語源としている所以だ。目の前の大地はまさにサハラそのものだったのだ。それでも、ラクダの群れが目の前にやってきたり、オアシスが見えなくなってきたりして、いよいよ近づいていく感覚を持つ。街から持ってきた水が足りるかどうか不安になり始めた頃、突如、砂の山が現れた。

青いターバンを纏うベルベルの民がラクダをひく。砂先案内人とでも言うべきガイドのオマールは、時にラクダに話しかけながらまっすぐに進む。砂の山は風が吹き続け、あっという間に形を変える。砂漠のなかで迷子にならないのか聞くと、オマールは当たり前のように言った。砂漠には一日でも季節によっても表情があって、それはずっとここにいればわかるのだと。自然と話しているようなものだと。

日が沈むと、テントの周りは冷たい空気に支配される。ゆっくりと濃紺の空が広がり、金星から順番に点灯する。黒いベルベルテントの中では、タムタムの音が響く。陶器の胴とラクダなどの皮で作られた太鼓で、その音は高く優しい。ベルベル語の少し低めの歌声が調和する。

オマールが食事を片付けてくれている間、散歩に出た。もちろん、遠くには離れられない。でも、月の光が驚くほどに明るい。テントが見える範囲なら十分に歩き回れた。

ノマドの家族に出会う。お父さん、お母さん、おばあさん、そして3人の子どもたち。2月の砂漠は夜、とても寒い。黒い厚手の布テントと小さな焚き火が家族を温めていた。毛布と母親の腕に包まれた子どもは不思議そうな眼で私を見ていた。

目が合うと、おばあさんは座る場所をつくろうとしてくれた。7、8歳くらいの男の子は、何も言わずにこちらへそっと火を近づけようとした。

寒さをしのぐための毛布は厚くて重いはずだ。燃やすための木々は、どこから持ってきたのだろう。本当のノマドは、自然と共に日々の生活を送る。その厳しさを垣間見て、その言葉に自由だけが含まれているのではないことを知る。

オマールのところへ戻ると、大きな布を持って待っていた。砂丘のてっぺんへ行こうと言う。布にくるまって寝転び、空を見上げる。月の周りは星の光が消されていたけれど、顔を横にして見る地平線のあたりには無数にきらめいていた。

「昔ね・・・」
起き上がってその星空を見ていた私の背中に向かって、オマールが話し始める。

「おじいちゃんが明け方に人の形をした星が見えたら、願いがかなうと教えてくれたんだよ。だから早起きするんだ。毎日毎日。でもなかなか見ることができないんだ。」
「でもね。それはおじいちゃんの作り話だったんだよ!毎日朝早くから仕事がたくさんある彼を、僕に手伝わせようとしたからなんだ。でも慣れると無意識に起きるだろう??頭がいいんだよ、おじいちゃんは。」

頬が緩むのを感じながら振り返ってオマールを見るとその後ろに、つぃーーーっ・・と数秒も残る光の筋が見えた。あまりに長く尾をひくそれに驚き、大騒ぎして喜ぶと、オマールは大きく笑って言った。

「Une étoile filante. そう、流れ星だよ。嬉しいよね。小さい頃は流れ星を見ると、そこに星が落ちたと思ってみんなで追いかけていったものだよ。」

「夏は月が見えないからもっとたくさん、一晩中星を眺めることができるよ。また来なよ。ここはいつだって平和だから。」

写真:
  • 「夕暮れのジャム・エル・フナ広場」著者撮影
  • 「サハラ砂漠」著者撮影

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