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東方正教会 ― 知られざるキリスト教文化圏
Ⅴ 正教会の祭と民間の伝統行事 ― 3.降誕祭

前回、復活祭が正教会で最も大きな祭だと述べましたが、復活祭に次ぐ大きな祭が年間で12回あり、これを十二大祭と呼んでいます。12の祭は本来互いに同格ではありますが、実際には神であるキリストがこの世に人間としてお生まれになったこと(主の降誕)を記念する祭、すなわち降誕祭がとりわけ盛大に祝われるのは、他のキリスト教会と共通しています。

復活祭はその年によって日にちが変わりますので、「復活祭から起算して何日後」というように決められる祭日も年によって変わってきます。これを移動祭日といいます。一方、降誕祭などのように常に日にちが決まっている祭日を固定祭日といいます。降誕祭は12月25日です。

読者の皆様の中には、「ロシアでは降誕祭が12月25日ではなく1月7日である」ということを聞いたことがある方が少なくないかも知れません。それは確かに正しいのですが、それを「カトリックやプロテスタントの降誕祭は12月25日だが、正教会は1月7日である」とか「降誕祭が1月7日なのはロシア独自の習慣である」などと説明する人がいるのも事実です。しかし、それは全くの誤解です。

キリスト教会が誕生し、300年を経てローマ帝国の国教となっていった当時、ローマ帝国で使われていた暦は、ユリウス・カエサルが紀元前45年に制定したユリウス暦でした。
しかし、時代が経つに従って暦の日にちと実際の春分や夏至などとのズレが大きくなってきたことから、1582年にローマ教皇グレゴリオ13世によりユリウス暦が再計算され、日にちのズレが修正されました。この暦が現在世界的に使われているグレゴリオ暦です。ちなみに21世紀においては、ユリウス暦とグレゴリオ暦は13日ずれています。

正教会においては、教会暦でユリウス暦とグレゴリオ暦のどちらを採用するかは、地域や民族を単位とする各独立教会で決めています。例えばロシアやジョージア、セルビアなどの教会はユリウス暦、ギリシャやルーマニアなどの教会はグレゴリオ暦です。日本正教会は母教会であるロシア正教会に従い、ユリウス暦です。そのため、降誕祭はギリシャやルーマニアではカレンダー通りに12月25日であるのに対し、ロシアなどではユリウス暦の12月25日、すなわちカレンダーでは1月7日に祝うわけです。ちなみに私が運営している横浜ハリストス正教会では、どこの国の信者が参祷しても違和感を持たないよう、12月と1月の二回、降誕祭を行うことで対応しています。

降誕祭にはクリスマスツリーやクリスマスリースなど、飾りものを作るのは他のキリスト教会と共通しています。ロシア語では「ヨルカ」(もみの木)と言う場合、クリスマスツリーも意味するほどです。
珍しい習慣としてはセルビアのバドニャクが挙げられます。クリスマスツリーとしてもみの木などの常緑樹ではなく、枯れ葉が付いたままのナラの木の枝を飾り、それを降誕祭の前夜(いわゆるクリスマスイブ)に燃やします。これはキリスト教伝来前の、異教時代の習慣が残ったものと考えられています。(写真1)


写真1:ベオグラード市内で売られているバドニャク

また、私たちは一般的な理解として、クリスマスパーティーはクリスマスイブに行うものと考えていますが、正教会においては降誕祭の前の40日間は斎(ものいみ。3月号参照)、すなわち大きな祭を迎えるための心の準備期間です。従って降誕祭の前夜にご馳走を食べるなどもっての外であり、むしろ植物性の質素な食事を取り、降誕祭の礼拝が終わってから晴れて祝宴を囲むわけです。

街を挙げて降誕祭を祝う行事としては、ジョージアの首都トビリシで毎年1月7日の降誕祭当日に行われるパレード「アリロ」が有名です。数万人の人々が衣装を着て市内を行進します。(写真2)


写真2:2008年、トビリシでのアリロ

我が国で12月25日は年末の忙しい時期ですが、1月7日なら少し正月休みを延長すれば、ロシアなどに行ってユリウス暦の降誕祭を経験することが十分可能です。機会があれば行かれてみてはいかがでしょうか。

写真:
参考文献:
高橋保行『ギリシャ正教』講談社学術文庫

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