World Map Africa

アフリカで出合う偶然 #6 虹

波は強かった。太平洋側から南アフリカへ船が向かうが、なかなか港に寄せられず、速度を落とした船体はとても揺れた。後に聞けば、付近は太平洋とインド洋の間にぶつかるため、波が荒くなるようだ。しかし揺れながらも確かに見えていたテーブルマウンテンの雄大さは、まさにアフリカ大陸に来たという実感を強くさせた。

旅の途中、ケープタウンに寄港するときに決めていたのは2つ。ロベン島へ渡ること、ワインをいただくこと。この二つだ。やっとの思いでーと言っても苦労したのは水先案内人と船長だと思うけれどーケープタウン港へと入り、大陸に足を踏み入れる。

アフリカ大陸に入ったものの、目の前に広がるのはヨーロッパ風の建物が建ちならび、街路樹をゆったりと散歩する人たちが行き交い、ペンギンツアーやホエールウォッチングの呼び込みの声が響き、カフェのテラスで昼からアルコールを楽しむ人々の姿が見える、なんとも「異国情緒あふれる」不思議な世界だ。

でも、これがケープタウンなのだろう。1498年にヴァスコ・ダ・ガマがこのあたりを航海したときから、この地にはヨーロッパ諸国の思惑やその土地の人々の生活、そして変わらない豊かな自然が重なりあってきた。テーブルマウンテンはその様子をずっと見続けている。あの山は、一体どれほどの歴史を吸収してきたのだろう。

ロベン島は、ケープタウンのウォーターフロント地区から約12kmの沖合に浮かぶ島だ。周辺の海流が激しく脱出が困難だという理由で、17世紀頃のオランダ植民地時代には病の隔離施設が設置されたという。

時が進み1990年代のアパルトヘイト時代には、”政治犯”として捉えられた人々が収監された刑務所地の一つとなった。ネルソン・マンデラ氏が27年間にわたり投獄されていた間の大部分、約18年間を過ごしていた島だ。1999年に世界文化遺産として登録され、今はその時の様子を残し、元政治犯がガイドとなり歴史を伝えている。

アフリカに学ぶものとして、ネルソン・マンデラ元大統領の生きた地を歩き、その思いや時間を自分自身で感じることは、叶えたい大きな希望の一つだった。マンデラ氏が強く主張した自由は何か、その土地はどんな場所か、どんな風を感じて空を見上げていたのか。一端でも同じ場所にたち、想像したいと思っていた。しかしその時はむしろ、その島が監獄島であり続けた理由を実感することになった。

波が、強かったのだ。フェリーで約30分ほどのその距離は、雲ひとつなく、太陽が燦々と照らす好天気においても、届かない距離になった。18年もの間、この届きそうで届かない物理的な距離で、自由を求める気持ちを繋ぎ止めていたその精神力たるや、いかに大きなことだろうと思い、波の向こうの島の影を見ていた。マンデラ氏はこうしてケープタウンからロベン島を見たとき、何を思っていただろう。

太陽の光を受けて眩しく反射する真っ白なテーブル。グラスを通って赤ワインの色も美しく映る。ワインを注いでくれた店員はコンゴ出身だという。見渡せば、様々な国々から来たとみられる観光客も散歩途中の地元の人々も一時的な滞在者も、誰もがこの空と太陽を見上げながらワインを楽しんでいる。

今から350年以上も前、時は“大航海時代”。オランダの船は大西洋から太平洋、インド洋へと抜けていくその長い旅路の途中に、ケープタウンに食料供給基地を設け、そこで栄養補給を目的としたブドウ栽培やワイン造りを始めた。これが、南アフリカワインの誕生と言われる。

大西洋とインド洋の二つの大洋に挟まれて、海岸沿いで発生する霧がブドウ畑の直射日光を和らげ、ケープ・ドクターと呼ばれる南極からの風が畑を涼しくする。この気候と、地理形状の特異性がブドウ栽培に適しているそうだ。1925年には、ピノノワールとサンソーという二つの品種を融合させた「ピノタージュ」という南アフリカ独自の品種が開発されているほど、その歴史は長く深い。

ワインの歴史は、社会の歴史とも重なっていた。アパルトヘイト時代には、国際的な経済制裁で輸出が滞ったというが、マンデラ氏が釈放された1990年以降にはまた受け入れられるようになっている。ワインは今でこそ南アフリカの誇る一つの文化だ。始まりがその後の植民地時代につながる動きからだったとしても、それは今や人々のよりどころであり、他の地域の人たちをつなげる役割を持つ。

2本目を空けながら、ウォーターフロントのテラスでグラスを傾ける色とりどりの人々を見て文化や歴史の融合を思う。マンデラ氏は、大統領就任演説で「国内でも外国とも平和な『虹の国』を築こう」と話した。人は、きっと共に生きることができる。ワインを飲みながら、自然を讃えながら、歴史や文化に学びながら、進んでいくことができるのだと思う。

再び船に乗り、振り返ったとき、テーブルマウンテンの前に虹がかかっていた。

参考URL:
MASUDA South Africa Wine
南アフリカ観光局
写真:
  • 「ケープタウン全景」著者撮影
  • 「ワイン」著者撮影
  • 「ケープタウンにかかる虹」著者撮影

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